本年3月1日に閣議決定された地方自治改正案が5月7日、衆院本会議に上程され、審議入りした。この改正案は大規模災害や感染症まん延時などの「重大事態」に国の自治体への「指示権」の創設を含むもので、地方分権の後退つながるものとして懸念の声が上がっていたものである。立憲民主党の大築紅葉衆院議員が「個別法が想定していない事態で、地方自治法に包括的な指示権を設けることは『対等・協力』の地方分権の流れを逆回転させることにつながると危惧する」とただしたのをはじめ、野党議員から批判が相次いだ。これに対し松本剛明総務相は「指示を行う際には、あらかじめ自治体に対して意見提出の求めなどの適切な措置を講ずるよう努めなければならないとされている。指示は、国民の安全に重大な影響を及ぼす事態に限って適用されるもので、地方分権の後退などとの指摘はあたらない」などと反論した。
この法案は、2023年12月15日の第33次地方制度調査会総会で確定され、12月21日に岸田首相に手交された「ポストコロナの経済社会に対応する地方制度のあり方に関する答申」に基づいて法案化されたものである。しかし、この「答申」は、「大規模な災害、感染症のまん延等の国民の安全に重大な影響を及ぼす事態への対応」として「国の補充的な指示」制度の創設を提唱したことから、2000年地方分権一括法で確立した国と地方「対等・協力」の原則を損なう懸念を生じさせるものとして、日本弁護士会が翌1月18日に答申に基づく制度創設に反対する意見書を公表したのをはじめ、批判的意見が多く提出されていた。
しかし、3月1日に閣議決定された法案はこうした懸念や批判に耳を傾けたものとはなっていない。日本弁護士会は、改めて3月13日、「地方自治法改正案に反対する会長声明」を公表した。
地方自治総合研究所特任研究員の今井照氏は、論文「『国の補充的指示』権の法制化について ―33次地制調答申『第4-3-(1)』の論点整理」(「自治総研」2024年3月号・第545号)において答申に関する詳しい批判的分析を行った上で、今通常国会で自治法改正審議が不可避でかつ与党圧倒的多数のため国会での否決が困難であることを踏まえ、以下の提言を行っている。少し長いが引用する。
(4) 通常国会における議論に向けて
私個人は「国(=各大臣)の補充的指示」権の創設は認められないという意見ではあるが、国会で否決できないのであれば、その発動に高い制約を課すための最大限の修正を期待したい。その第一は、要件の一つに「立法の暇(いとま)がないとき」を含め、地方自治法の規定に準じて具体的にその状態を示すことである。その上で事前に国会に対して通告すること、事後には報告して承認を得ること、さらに国会による検証を踏まえ、個別法の改正につなげることを義務化しなくてはならない。もし個別法を改正する必要がないのであれば、そもそも「国(=各大臣)の補充的指示」権は意味がなかったことになるので、今後、同様の対応は不可能とする。
第二に国と自治体との間に紛争が起きた時の手続きを法制化することである。現実的な局面を想像すると、国と自治体との間に意思の齟齬が生じるから「国(=各大臣)の補充的指示」が発動に至るのであり、必然的に紛争状態に陥ることになる。その場合、国地方係争処理委員会マターであることは明示しておかなくてはならない。また、緊急事態であり非常事態であることを勘案すると、その場では国の意思どおりに執行されることが予想され、その場合には事後においても国地方係争処理委員会にかけられることを可能にしておくことも必要である。
第三に、仮に国の意思どおりに執行することとなった場合、代執行手続きに入ることが予想されるが、地方自治法の規定のとおり、自治事務については代執行を認めないことも確認しておきたい。そもそも自治体が法令に基づいて執行している事務について「国(=各大臣)の補充的指示」を行うこと自体、法治主義国家として到底容認できる事態ではないが、まして自治事務に対してこのように国が介入することは不可能と明記するべきである。
今井氏の指摘も念頭に置きながら、今後の国会での法案審議を注視いていきたい。
なお、今井氏の論文は、自治総研のホームページから閲覧できます。